柔軟に
自然に生きることが求められている。欲望。無理をしているのかそうでないかは、自分でしかわからない。異なる空間と同居しようとするとコンフリクトを起こして歪みが生じてしまう。この歪みには穴が開いたり、異なるように重なりあったりまるで油絵のように混ざり合うことはないかのように見える。
オーガニックという意味のそれとは別に、自然に逆らうことなく生きることが大切。世界はもちろん何刻もトレンドがある。まるで株価のチャートのようにぐにゃぐにゃとそれこそ欲望の渦巻く模様が形成されることのように。
過去を変えることができないと考えてやいないか。自分が変わることで過去変わるのだ。意味がわかるだろうか。アーカイブが変わるからだ。そこに時間軸だけではく、作品という流れができる。この流れを形成して、創造性を磨き昇華させることができるが、意欲という掛け算や快楽がレバレッジさせることで最大値を叩き出してくれる。
記憶の中に内在する創造性。記憶と意欲のなし得る技なのである。この意欲はとにかく強く持つ!と力んで続くものではない。松岡修造がいつも熱いのは元々なのであり、誰もがいつも気合十分でいる必要はない。自分を殺すことなく自然にできることから糸口を見つけて行く。そして行動する。そうすることで自ずとセレンディピティが自分の中でも他人の中でも生まれるのではないだろうか。
水のように自由落下し、植物のように欲望のままに生きることこそ究極の臨機応変といえよう。
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